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川崎大師で厄年2017年のお参りを済ませて安心してたら、突然フラれた!

川崎大師は厄年の厄除けに効き目がある。
関東近県にお住まいの方に共通の認識ではないだろうか?

2017年、厄年(前厄)でちゃんと正月お参りに行った。
なけなしの万札で祈祷代払って、あの本堂できちんと正座してお祓いも受けた。

川崎大師は私の家族の中では厄除け専門のお寺みたいに考えているが、それだけ有名だし、またご利益も確かにあるのだろう。

だがしかし、2017年、私と節分をきっかけに待ち合わせていた男性が、まさか親しかった彼女をフッてくるとは、あまりにもなんて言ったら良いのか、言葉も出ない。

その彼女とは私のこと。
そういうわけで、暗い気持ちでここ数日過ごしている。
いったい厄年、厄除けってなんだろうか?
ホントに疑問だ。

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年明けというのは気持ちの引き締めの時期かも?厄年も考えようではそれなりのご利益が

川崎大師というのは、神奈川県川崎区大師町に鎮座し、浅草浅草寺、成田山新勝寺と並んで真言宗智山派の本山の一つに数えられ、「大師様」で親しまれている。

その霊験もあらたかだから、と私も家族に勧められていたし、神奈川の在住ではない人たちも、ほぼ関東全域から参拝にやってくる。

もちろん2017年も例外ではない、すごい人出だった。
その数毎年300万とも言われ、明治神宮、新勝寺に継いで全国3位の初詣数ランキングを誇っているほどだ。

関西で言えば平安神宮や伏見稲荷に匹敵するだろう。

そういう場所で厄年の私は、厄除けの祈祷をきちんと行ってきた。
さすがに川崎大師。
この2017年正月には三が日に出掛けて大変な思いをした。
でもそれだけにご利益有るにちがいない!とも思っていた矢先のこと。

何で1月とか年明けに彼氏にフラれるのだろうか?
これが本当に良く分からない。

分からないと言えば、昨年2016年は1月にSMAPも解散騒動、それに並行してベッキーとゲス川谷との不倫劇で激動だった。
芸能界と私たち一般庶民の男女の出来事、通じるような気もしないではない。
失恋
その謎を解明するに当たって考えられる原因。

一つには、年が明けて新しい気持ちになるべき時期なだけに、それまでの胸のつかえみたいになっていた懸案事項。
それを一気に振り払ってしまおう、という心理も彼の中に働いたのかも知れない。
すごい根拠がなさそうな推測になるけれど、結構当たっているのではないだろうか。

別れていった彼氏は、別にどちらかが浮気したりとか言うわけでもない。
そこまで関係が冷めていたわけでもないのだ。

それなのに一方的に別れるというLINEが送られてきた。
具体的に言えば、節分の2,3日前のことだった。

厄除けしたからと言って、厄年の災難は防げない?

いったいこんなで厄年の2017年、この先どうなるのだろうか?
という先々への心配もフツフツと湧いてくる。

だが、厄年というのはよく考えてみれば分かるけれど、川崎大師や明治神宮など、名だたる名刹で厄除けのお祓いを済ませたからと言って、災難がすべて無くなるわけはないはずなのだ。

人によっては厄除けの祈祷をしたことで、たとえ災難に遭ったとしてもそれ以上に大変な目に遭うことなくすんだ、という考え方をする場合も多い。

厄年というのは出所は定かではないが、古い平安時代くらいに信仰され始めている考え方。
30代の女に絞って言うと、33歳、37歳の本厄になる。

この時期では身体的、生活的にいろいろと災難が降りかかりやすい年ということになっている。
だからそれを避けるために厄払いが必要だ、というのが建前だ。

厄払いをすることで、もっと酷いことになっていたかも知れない災難にあったとしても、それ以上酷くなるのを避けることが出来る。
そういうことを私の親も言っている。

でも考えて見れば。
もっと酷いことになっていたかも知れないケースと、そうでない、つまり厄除けをしていたために軽い災難ですんだケース。
どういう見分け方になるのだろうか?

たとえば厄除けの祈祷をされた人であっても、中には災難に遭って落命するような場合もあるだろう。
もちろん私が祈祷を受けた川崎大師にお参りした人の中にもいるかも知れない。
それでも「軽い災難」といえるのだろうか?

そんな風になんだか四角四面に考えてしまう。
きっと彼氏にフラれたショックがまだ残っているためにちがいない。
お見苦しくて申し訳ありません。苦笑

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でも、結局これだけは言えるはずだ。
「厄除けの祈祷をしても災難は降りかかってくるもの」

2017年の厄除けのお参り、はっきり言って厄除けは今回私は初めてだった。
そのためもあってか、ちょっと思考が甘かったのかも知れない。

厄年の年齢は健康、生活に大きな変動や支障も!注意を促す古来からの知恵

なお、川崎大師に行ったりして厄除けを行うなどのことと関連して、厄年に対する考え方というのは祈祷したか否かよりも確かに大切なものになってくるだろう。

私もこの2017年を向かえるちょっと前、アラサー突入辺りからなんとなく肌の衰えを実感できるようになってきた。

まだそんな年ではないはず、と思いたかったけれど、確かに鏡で自分の肌の様子などを見たりして、どうしてもちょっと前よりはハリがないな、みたいな悲しい出来事に遭遇している。
厄年のお参りは、そういうものもついでに払拭できれば良いかも、という下心もあった。

でもよくよく考えて見れば、それがやっぱり厄年と言うことになるのかも知れない。
巫女
女の30代というのは今も昔も激動が多い。
今の時代のように晩婚や高齢出産ではない時代、女性で30代と言えば一家の主婦であり、何人も子供をこさえて子育てに忙しかった。
外で働くご主人を待ちながら、家の中でもてんてこ舞いになっていたはずだ。

そのストレスや過労で、女性特有の病気になったり、また旦那の年齢からしても仕事や生活の変動があったりとする時期でもあった。

特に身体的なポイントを見る限りでも、今と昔はそんなに変わらないから、厄年はそういう警戒の意味も含めて生活や健康に注意するよう促すチャンスになる。

2017年はぜひとも「役に立つ年」に変えるつもりで

そういうわけで、厄年のためかどうか分からないが、彼氏が現在元彼と呼ぶ関係になってしまっている。
川崎大師はそういう私の失恋とちょうどかぶったことになってしまった。
たぶん川崎大師には申し訳ないけれど、私の失恋という苦い思い出が連想で今後つきまとってしまうにちがいない。

でもそれを嘆き続けても良くないだろう。
結局よく考えてみれば、その「元彼」ともそんな深い付き合いではなかったし、ある意味密かに別れてしまうことになるかも、とすら思っていたところもある。

だからそんなに失恋の痛手はないし、泣くほどでもなかった。
もちろん当たり前だけれど、大師様を全然とがめ立てするような気持ちもない。

むしろ厄年を「役に立つ年」と考えて、この2017年はこの後を実りのあるものにすべきだろう。
考えて見ればあれだけのとんでもない元日の人混みをかき分け、川崎大師に行って祈祷したということ。

それはそれで、自分が幸せを求めているという気持ちの強さの表れだと思いたい。
まず有意義に過ごすには、そういう前向きな気持ちこそ大切。
それを忘れずにいることを願いたい。

えがみななみ

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