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婚活疲れでうつに?無駄に苦労して何か間違ってやしないかと思っている方へ!

婚活疲れは本当にしんどい。
うつになるのも分かるし、それでもやめるわけにはいかない。
だからよけいにうつと婚活疲れが止まない。
縁が無いと言われ続けるのは本当に精神を病んでしまう。

しかしながら今や私もアラサー。
成婚率ガタ減りの憂き目に直面している。
そこに婚活疲れでうつ が直撃して、泣くに泣けない辛さが襲ってくる。
唯一女子会で愚痴って憂さを晴らすしかない。

けれど、多くの婚活女性の方々も、何だか変に感じないだろうか?
これだけ男も女もがんばっているのに、なんで一桁パーセンテージの成婚率なんだろうか。

何かどこかで今の婚活によるカップリングもお膳立てやシステムも間違っていやしないか?
本当に素朴な疑問だ。

でも考えてみれば誰でも行き当たる疑問のはず。どうやらこれをうまく処理すれば何か見えて来そうだ。

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婚活疲れでうつになった時点で“探し方”が間違っている?

今や婚活疲れ専用の外来までしんせつしている病院も引きを切らなくなっている。
それだけ 婚活疲れで心身とも疲労して、うつになったり心身症を発症したりしている人が多いと言うことだ。

確かに上の通り、男女ともお互いに自分に適した相手を探そうとしているはずなのに、情報サイトの成婚率をみればあきれるほどに低い。
例えば私たち30代で未婚の女性は全体の30%。
それらが5年後に結婚できる確率は何とわずか3%とかとか。

まるで数値自体がうつ。
婚活なんかやる方が無駄、と言いたいほどの統計だ。

だが一方、実際に婚活してみるとお分かりの通りだが、男も女もごくごく大まかに言えば、自分の履歴書と身上書が相手のメガネにかなうかどうかでコトは決まる。
当然ながら、自分のそういう調書が色よくない人ほど失敗するだろうし、それを考えただけでもうつ気味だ。
独り身
しかしながらよくよく世間を見回してみよう。
自分よりもスペックが下の女性だって世の中にはたくさんいたりするし、逆に自分が遙かに遠く及ばないほどの高スペックの女性だっている。

それだのに、全社の女性がけっこうすんなりと結婚できていたり、逆に後者の女性が自分たち以上に結婚相手探しに苦労し、重度の婚活疲れになってしまうケースだってあったりする。

それが世間というもの、といってしまえばそれまでだ。
でもうつや心身症になったりするほどに自分自身を犠牲にしてしまうことが、果たして正しい相手探しと言って良いのだろうか?

何か見過ごしていることがありそうだ。
それをお伝えしてみたい。

婚活疲れでうつになるのも当たり前?自分ではどうにも不可抗力なことまで取り組もうとしているかも

私も最近、婚活疲れからうつを防げたと言うべきか、通り越したと言うべきか分からないけれど、あまりに相手と巡り会わないために、むしろ怒りすら覚えてしまっている。

もちろん自分の不運に泣きたい気持ちだってある。
泣いた方がスッキリ出来るけれど、でもその後不思議と気持ちが落ち着くからよく考えてみる。

それで思うのだが、私たち婚活女性というのは、結局のところ自分たちでは処理できない、いわば不可抗力な問題にまで取り組んでしまっているのではないだろうか?

それは何かと言えば、やっぱり「縁」というもの。
巡り会いというものだけは、自分の力ではどうにもならない。

それこそ神社仏閣で願掛けでもした方が気が休まるし、なんとはなしに縁結びに効果があるようにも感じる。
努力できるのはその程度だ。

でもこうした運命こそが結婚相手との巡り会いを支配する。
要するに私たちはそういう神様のする領分を、自力でなんとかしようとしてるのではあるまいか?

そうだといって、ならどうすれば良いのかといえばどうにもならないが。

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婚活疲れになるとよけいに視野狭窄に?いろいろな出会いの可能性を模索

だが、その出会いというのをもう少し考えてみる必要があるのでは無いだろうか?

今の婚活というのはそういうわけで、あたかも就職の面接のようなものになっている。
そして就職の時と同じく採用もあれば不採用も出る。

だがそもそも結婚相手を見つけることはそうやって合格不合格ではない。
言ってみれば全ての男女が基本的に結婚は出来る。
出来なくてはいけない。
そういうシステムがなくてはならないはずなのだ。

だからこういう今のシステムの欠陥に気づいたら、もっと別の方法で相手を探したり、自分の結婚相手に対する意識を変えてみたりするのも一つの方法ではないだろうか?

婚活疲れでうつっぽくなったり、同じ相手探しの方法にこだわりすぎるとどうしてもそれ以外の方法がある事に気づきにくくなったりする。
そういう凝り固まった思考を崩して、言ってみれば全く別な方法で出会いを模索して見るのも良いのではないだろうか?
縁

時間の経過とともにお互いの信頼を育むことが出会いには大切

そういうわけで、何だか漠然とした説明になってしまったけれど、では具体的にどういう方法があるというのか?

そこで一つ提案があるけれど、出会いというのはある程度の期間、お互いに一緒にいたり活動したりして徐々に気づくべきものではないだろうか?

偶然二人がぱったり出会った、そしてお互いにインスピレーションみたいなものがはたらいて将来夫婦となることが分かって結婚。
大雑把だけれど、いわばこれが今の婚活のありようではないだろうか?

しかしながらこういうケース、普通に考えても滅多にあるわけではない。
あると考える方が無理なのだ。

だから、言ってみれば遠回りになるけれど、なんらかのサークルでも地域の活動でも良い、一緒に仕事したり作業していく中で、お互いの信頼性を徐々に高めていく。それで自然なな流れとして、二人の出会いに結びつけていく。

学校のクラスメート型、会社の同僚型とでも言うべき出会いになるけれど、私が今一番注目しているのがこれになる。

不幸にも婚活疲れを起こしてうつになってしまうのは、確かに結婚相手に出会えない、出会っても拒絶されるということが直接の原因ではある。
けれどその背後には、お互い、または相手からの「不信感」が絶対にある。

信頼性がお互いに届き合っていれば、身上書や履歴書などで多少の傷があったとしても乗り越えられるにちがいないからだ。

こういうことを考えて私自身、うつにこそなっていないけれど、いまの出会いのシステムではおそらくこれ以上は無理だな、と感じている一人になる。

考え方、方向性として、もちろんそれ自体は従来通りがんばれば良い。
そこにむしろ上の様な“自然な出会い”を積極的に考えて取り入れ、気持ちに余裕を持たせた方がずっと良くないだろうか?

自分に無理が来たと感じたらやり方を振り返る。
同じ出会いを求めている女性には、これをしっかり心に留めておいてみることを願いたい。

山口昌子(やまぐち あきこ)

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