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小林麻央のブログKOKOROで死相が霊視?真相と人道的なポイントからどう考えるべきなのか

乳がんで闘病生活を送っている小林麻央さんがブログKOKOROを解説し、その病気の経緯と今の心境をオーバーラップさせながら、今思うことを切々に語っている。

そこで自らアップした顔写真に死相が見られるとも、霊視の結果ともいう噂が立ち上ったりしている。

単なるネット上の噂は噂としても、小林麻央さん自身もブログで自分を映した写真がアップした時点でそういう事が広まるのは覚悟していたことだったかも知れない。

彼女のKOKOROで語っている心境、その深刻さ切なさを考えれば死相とか霊視とかいう噂にはどうしても拒否反応を示さざるを得ない。
これについて私個人の意見があるとすればこのあたりだ。

別にそれを否定したり、彼女の余命がいったいいつまで持つのか、という事を考えていないわけではないけれど、耐え難い病気や治療にかかっている人の立場になってみれば、なぜそういう気持ちになるのかは大体推察できるのではあるまいか。

思いつくままにつらつら小林さんの周辺や、その病気のことについてつづってみよう。

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彼女と同じ病気になった時、同じブログを書く勇気はあるか?

思想とか霊視という言葉、そしてまたその表現や行為については諸説紛々あって、かつまた愉快不快を感じる人たちも多い。

眉唾物、という人も多いし、その反面そういう「経験」をしていると主張する人を中心に、信頼できる物は確かにある、と言う声だってかなり増えている。

だからそういう多様な印象の受け方、解釈のもたれ方をしがちな死相とか霊視という言葉。
それに対して私自身独自の考えを言うつもりはないのだが、どちらにせよ今大切なことは、彼女は命の危機に瀕する大病にかかっていて家族がいる。

小さな子供のいる家庭の主婦だと言うことだ。
有名人とはいえ、そういう人に対してどういう言葉や考え方をしていくべきか。

本来小林麻央さんはこのブログを6年前に始める予定でいた。
それはKOKOROの最初の記事にも書かれていたことだ。
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それが延び延びになっていたことについて読者に彼女はお詫びをしているが、それに対して書き込みを拝読したり、応援している方々にはやはり同じ乳がんを患ったり、今でもこの病気と闘病中の方が多い。

小林麻央さんはブログKOKOROの中で、非常に詩的な調子でうっすらと自分の気持ちを毎日の生活、ひいては自分の病気の発端、医師の見立て違いや子供たちへの思いを語り続け、全体で一つの詩集のように静かな美しさを保っている。

よほど強い気持ちを持っている人だろう。
私には彼女のような、そんな大きな病気になった時に同じように静かに過ごすような勇気があるだろうか。
というより、多くの人たちにとって、彼女のようにブログを開設することが出来るだろうか。

小林麻央の乳がんの“重大さ”は全ての女性に共通する

現在の医学では、乳がんは早期発見が出来ればかなり完璧に治癒できるし、生存率も高い病気と言われている。

実際私の知人にもかかった女性がいるが、ただそれでも彼女のようにかなり若い年齢でかかるのは何とも言いようがない。

その顔写真や姿が彼女のブログKOKOROにたびたび掲載されているが、知人のそういう勘の鋭い人の言うには、死相があるないは時間とともに変わってくるものらしい。

だから以前にそういう死相と呼ばれる直感的な印象があった人でも後でそれが亡くなったりすることだってあるという。

小林麻央さんの写真はブログに載っている物を見る限り、いつも一人で映っていたり、後ろ姿だったりするので、どうしてもそういう目で見られるのかも知れない、と彼女も語っている。

だが小林さん本人はおそらくそういう意見も織り込み済みで掲載しているのかも知れない。

死相や霊視という言葉をひとまず抑えておくべき

小林麻央さんがブログ KOKOROで掲載しているそういう顔写真は、カツラをかぶっているところをあえて正面から写したり、抗がん治療によって頭髪の抜けを隠すために深い編み帽子をかぶっている姿を見せているなど、確かに見る人が見れば死相とかいう心配、あるいは興味が湧く声も出てくるかもしれない。

霊視というのは正直そういう能力に優れた人が行っている時であっても、人の意気地には100%の判別は難しい物だ。

なので私はその知人の彼女の言葉を引用してみよう。
「100%的中がない限り、そういう霊視とか死相とかいう表現を安易にするのはやはりどうかと思う」

「どんなに正しくても、言うことを避けるべき時とか言葉はあるもので、その理由は人としての配慮、つまり硬い表現で言えば人道的な立場だったりするわけよね」

「彼女の子供たちや家庭のことを考えれば、私も言えないよ」

お断りしておくと、この彼女の『言えない』という言葉には深い意味はない。
人によっては“『言えない』のだから本当に死相があるんだな”と深読みしてしまう場合もあるかも知れないが、これについては彼女が特に強調し、
「本当に、単に『言えない』だけの意味でしかない」
とのことだ。念のため。
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なお、あの江原啓之さんが幼い頃、病院で他の患者の人を霊視した時、子供だった彼はその人にどこそこが悪いということをズバリ的中させていたようだが、それでも彼がそういう死相について当の本人に向かって言うようなことは避けていたようだ。

唯一彼が身内の人の思想について語っていた場面が彼の書籍の中に書いてあるが、それは自分の父親を霊視した時、父の背後に黒い闇のような陰が広がっている、と表現している下りがある。

でもそんな江原さんでも父親に向かって死相だと言うことはなかったし、それ以前にそういう陰が死の予兆だということは後で彼本人にもわかったことだと語っている。

こうした死相とか霊視を人によってどれだけ信じているのか、それすら何とも言えないが、小林麻央さんがそういう世間の憶測にもまた敢然とした態度を取って立ち向かおうとしている。

それが彼女が毎回ブログで自分の心境を語っている、そしてあえて自分の闘病中の写真さえそこに掲載していると考えて間違いないだろう。

最後になるが、小林さんが無事に快癒してもらいたい気持ちは私も同じだ。

こうしてネット上で騒がれている彼女のブログのないように対して、ネット上の噂をテーマにすること自体も大変申し訳ないと思うしかないのだが、私自身はそういうスピリチュアルな現象を信じる立場でもある。

なので何かのアクションとして、そういう世間の動きに対して一筆考えなくてはならない、と考えた次第だ。

二人の子供たち、そして優しいご主人のためにもどうか治療に専念して病気を治してくださるよう心からお祈りしている。

遠藤朱夏(えんどう あやか)

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