略奪愛はインモラルな響きがある言葉だ。
それもあってか、
「本当にうまくいくのか?」
と聞かれれば、
・奪ったら奪われるみたいに因果応報がある、
・どうせ後で浮気される、
みたいに略奪愛をネガティブな声が多い。
うまくいくのかどうか、という疑いのウラには、
「略奪愛だって立派な恋愛。恋愛は自由じゃないの?」
みたいに、期待したい、少しでも良い人と一緒になりたい、というセキララな期待だって合わせて持つ人も多い。
確かに恋愛は自由。間違いない。
そしてうまくいくのかどうか、という見込みがあったらトライしたって不思議じゃないかも知れない。
でも実はそこにいろいろな条件も挟まる、と私は考える。
というか、実際に経験した多くの女性の方たち、そして社会的なモラルも考えれば、
“確かにギリギリの線だけれど、そういう恋愛もアリ”。
そんな回答が見えてくるのだ。
その内訳、そしてどういう心構えが必要なのかをぜひ語ってみたい。
何を「基準」にうまくいくのかどうか見ていくのかで別れる
まず略奪愛が本当にうまくいくのかどうか?
それははっきり言って、ケースバイケースだ。
二人の関係が冷め切ってしまった時とか、関係がある一線よりも先に進んでいないような時、略奪愛を仕掛ければうまくいくのかどうかという可能性は高くなる。
けれども結局
「泥棒猫のように略奪愛するとうまくいくのか?」
と考える時、その上手く行くという基準、どこに置くかでいろいろだろう。
それを考えると二つの基準がある。
・一つは、人の彼氏を奪った事に成功しこと自体。
・もう一つは、その後もお互い愛し合っていられることまで含めること。
誰もが思うのだけれど、たとえ略奪愛だって後者の方、つまり奪った後だってしっかりした関係でありたいと願うはずだ。
だからもし本気で考えている方がいれば、うまくいくのかどうかはそういう“最終段階”まで見据える事が大切になる。
略奪愛をしてはいけないケースのまとめ
実際、ある婚活サイトが20〜30代の女性を対象に行ったアンケート調査の結果では、あくまでも未婚という条件ではあるけれど、略奪愛はアリとする肯定派が77%になっている。
(参考 https://zexy.net/contents/lovenews/article.php?d=20100303)
でも、うまくいくのかどうかという疑問よりも以前に、
「こういう場合はよした方が良い」
というケースも確かにあるようだ。
それを一言でまとめてしまうと、
“略奪愛が成功しようとしまいと、お互いが不幸になってしまう時”
は避けた方が良い、ということになるだろう。
どういう場合があるのか、ざっとまとめてみよう。
・相手が既婚者の場合。
相手の家族に迷惑がかかる、家庭崩壊にいたることも。
・相手の男性が浮気性の場合。
典型的な「奪い、奪われ」のサイクルに陥ることも。
・浮気性の相手でなくとも「因果応報」に不安が続く。
そして他の人に彼氏を奪われる時を考えて不安でたまらない。
・周囲の人たちに向かって信頼性が揺らぐ。
特に彼氏が社会人の時には相当に痛い。
・レアなケースかも知れないけれど、事件沙汰になることも。
特に彼氏や元カノが“一途”過ぎると怖いかも知れない。
貴女が今、自分の周囲に気に入っている男性がいて、その彼氏が彼女持ちの場合、うえのどれかのケースに当てはまるようだったら十分に先々のことを考えて行く必要があるだろう。
上記の事柄がクリアしていると言っても、もちろん略奪愛がうまくいくのかどうかはある意味“時の運”みたいにはっきりとは言えない。
可能性が高くなるだけだ。
これは十分考えておくべきだろう。
好きな人に彼女がいたら諦める前に考えるべき理由が?
ただ、略奪愛だというとそういうわけでインモラルなイメージもついてまわる。
し場合によっては貴女自身、あるいは彼氏と二人で相当大きな代償を背負うことになる。
でも、うまくいくのかどうかといろいろな視点からら考えて、それでGoサインが見えてくるような場合、それでも“やめるべき” だろうか?
確かに略奪愛をしてはいけないケースとして、上に挙げてみた。
でも「すべて良くないか?」と言えばやっぱり首をかしげてしまう。
「これはしてはいけないこと。だからやめておく」
と何でもかんでも単純に考えるのは、これも避けるべきだ。
略奪愛はみんなやっている?
なぜか?
あくまでも私の持論だけれど、
「恋愛関係や結婚では、誰でも大なり小なり略奪愛は実行している」
からだ。
好きな人が出来た。
その人に告白し、応じてくれた。
または結婚してくれた。
そういう出会い、恋愛そして結婚に至る場合、お互いに本当に他に好きな人はい
なかったのだろうか?
またさらに、好きな人というのも範囲を広げれば
「あの人、ちょっといいな」
みたいにほんのわずかでも心が動いた人がいなかっただろうか?
そして逆に、貴女は他の男性から、そんな気持ちをほのかに向けられていなかっただろうか?
そしてよくよく考えれば、そういういわば男と女、
“見えないところで「好き」「嫌い」を誰でも仕掛けている”
のではないだろうか?
そしてそういうカヤの外のような人たちの思いを吹っ切って、彼氏に告白したり、あるいはされたりして関係がスタートしたら、これもやっぱり略奪。
私はそう見ているが、いかがだろうか?
そしていつも私たちが取り上げてディスっている「略奪愛」とは、それが単に大勢の人たちの前に顕著になって表れているものに過ぎない。
割り切り方の問題だろうけれど、そうに違いない、と私は信じている。
本当に真実を捉えれば、略奪愛は誰でもやっている。
こう言い切ってかまわないはず。
割り切る気持ちも大切に
だから恋愛でも結婚でも、私たちはいつも“略奪愛”はしてしまっている。
確かにうまくいくのか、と聞かれれば、インモラルそうな求愛表現かも知れない。
けれど、多かれ少なかれ、誰でも声にならない他の誰かの好きな気持ちを犠牲にしている。
だから後ろめたい気になる女性も多いけれど、
「割り切るべきところは割り切る」
「胸を張れるところは張る」
という、アグレッシブな気持ちも必要だ。
そうでなければ、何よりそういう犠牲を払って貴女と一緒になってくれた彼氏に対して申し訳ない、ということも言えるだろう。
まとめ
略奪愛がうまくいくのかどうなのか?
そのまずいろいろなことを考え合わせて、確かにリスクを承知しておくのも大切だ。
だが、うまくいくのかどうかは貴女の気持ち次第、という部分もある。
それはこれから一緒になる彼氏や家族を貴女の手で支えるためにも大切なこととなるだろう。
えがみななみ